山口百恵がマイクを置いた!!涙の引退コンサート

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昭和55年9月30日

 

山口百恵のファイナルコンサートが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

札幌公演を皮切りに福岡、大阪、名古屋と全国を縦断する。

 

そして最後は10月5日の東京で幕を閉じる。

 

山口百恵がついに引退するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の10月5日が来た。

 

すでに周知の事実とは言え、各報道機関は山口百恵の引退をトップニュースで国民に知らせた。

 

山口百恵の引退は、昭和史を語る上で欠かせない歴史的事件だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和55年10月5日 午後6時5分 日本武道館

 

ついに最後の山口百恵のコンサート開演時間となった。

 

山口百恵最後の生の歌声を聞くために、全国民が熾烈なチケット争奪戦を繰り広げ、激甚なる競争に勝ち抜いた選ばれしもののみがコンサート会場に入ることを許された。

 

 

会場は1万人を超える観衆で埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一般のファンだけではない。

 

芸能界からも山口百恵とゆかりのある多くの著名人が山口百恵の最後のステージを見るために武道館に集まった。

 

 

西城秀樹、野口五郎、アン・ルイス、桑名正博、宇崎竜童、阿木燿子、谷村新司

 

 

 

  

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

そして、芸能界の母である森光子までも・・・

 

 

 

 

 

 

 

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黄金色のドレスに身を纏った山口百恵がステージ上に現れる。

 

 

 

 

 

 

そして、引退コンサートのために元アリスの谷村新司が作詞作曲した楽曲「This is my trial」から歌い始める。

 

 

さらには「プレイバックPart2」「イミテイション・ゴールド」などの歌手・山口百恵にとって欠かせない宇崎竜童・阿木燿子作詞作曲のツッパリロックの楽曲を連発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて、真っ赤なドレスに着替えた百恵は青い性路線≠ニ呼ばれ山口百恵をブレイクさせるきっかけとなった「ひと夏の経験」「青い果実」などのヒット曲を歌った。

 

 

 

 

 

 

 

青いドレスに着替えた山口百恵がステージ上に現れた。
そして、谷村新司が作詞作曲し国鉄のキャンペーンソングに採用されたあの名曲「いい日旅立ち」を熱唱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、横須賀恵≠ニいうペンネームで山口百恵自ら作詞した「一恵」。

 

 

観客は山口百恵の歌声に酔いしれた。

 

 

 

 

 

そして「歌い継がれてゆく歌のように」で、コンサートは一旦終了するも、アンコールの声に応えて純白のまるでウェディングドレスのような衣装に身を纏った山口百恵が再びステージ上に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、涙を堪えながら山口百恵はファンに向けて最後のメッセージを伝えた。

 

 

 

 

「私が選んだわがままな生き方を押し通してしまいます。8年間一緒に歩んできてくれたみなさんが幸せに≠チて、そういってくれる言葉が一番嬉しくて・・・。今、みなさんにありがとう≠ニいう言葉をどれだけ重ねても、私の気持ちには追い付けないと思います。私のわがまま、許してくれてありがとう・・・幸せになります」

 

 

 

 

 

さよならの向う側」のイントロが流れてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

涙を堪えている。
泣かない山口百恵が涙を堪えて歌っている。

 

 

観客からは自然と、拍手が生まれてきた。

 

 

 

 

 

 

 

山口百恵と共有できる最後の時間。
誰しもが、その歌がいつまでもいつまでも続いてくれと願っていた。
山口百恵が引退するという事実を誰しもが信じられずにいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その時は来た。
山口百恵は、歌い切った。
ファンの前で歌う、最後の歌を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山口百恵は、8年間その手に持ち続けていたマイクをとても大事そうに両手で握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから山口百恵は、そのマイクを静かに、とても静かに、ステージの上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山口百恵は私たちの前から去っていった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「日本武道館さよならコンサート

 

 


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