篠山紀信が妻・南沙織よりも写真を撮っていた女優

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本土復帰前の沖縄から彗星の如く現れた稀代の美少女、南沙織

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和46年にアイドル歌手としてデビューするや否や「17才」で54万枚を超える大ヒット。

 

レコード大賞で新人賞を獲得し、その後もヒット曲を連発する。

 

 

 

 

 

      「17才

 

 

 

 

 

ところが、南沙織人気絶頂期の昭和53年

 

上智大学に進学するために突然の芸能界引退宣言。

 

 

そして、その翌年の昭和54年

 

なんと、南沙織が衝撃の結婚を発表する。

 

 

 

 

 

 

 

しかも、相手の男の年齢が39歳

 

ななんと、当時25才だった南沙織より14歳も年上のおっさんだったのだ!!

 

 

 

 

で、その南沙織の夫となった男とは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すみません、まちがえました。

 

 

 

改めまして、その南沙織の夫となった男とは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。
写真界の巨匠・篠山紀信だったのだ。

 

 

 

 

 

篠山紀信といえば、数々の有名女優を脱がせ、衝撃的な写真集を世に送り出してきた。

 

 

 

 

 

 

one,two,three

 

 

 

 

 

 

 

 

サンタフェ

 

 

 

 

 

 

 

 

MANAMI by KISHIN

 

 

 

 

 

 

当然、篠山紀信はアイドル時代の南沙織の写真も撮っており、その過程で篠山が南沙織を口説いたのだろうと思っている向きも多いはずだ。

 

しかし、実のところ篠山紀信は南沙織の写真集を出してはいない。
南沙織が引退した後に、篠山紀信との交際が始まり、結婚に至ったという。

 

 

 

 

 

 

 

カメラを武器にせずに、どうやってあのモジャモジャ頭で時のトップアイドルを口説き落として嫁にしたのだろうか・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、それはいい。

 

そんなことよりも、飛ぶ鳥を落とす勢いの新進気鋭の写真家であった篠山紀信が当時のトップアイドルである南沙織をなぜ撮っていなかったのだろうか・・・?

 

あるいは篠山紀信は女として意識する相手は被写体にはしない、ということだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

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そんな篠山紀信が被写体として強烈に惹かれていた女優がいた。

 

他でもない。

 

そう。山口百恵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山口百恵が14歳の夏。

 

 

篠山紀信は初めて山口百恵の写真を撮った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中学3年生の彼女のなかにまだこの世界に染まっていない初さと、ほんの少しの自己主張をぼくは感じた」

 

 

 

 

 

 

被写体としての山口百恵の魅力に気が付いた篠山はそれから山口百恵が引退するまでの7年間、ひたすらに山口百恵の写真を撮り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その量。その質。

 

篠山が被写体としてきた女優は星の数ほど存在するが、山口百恵は無双であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

21歳になった時、山口百恵は三浦友和との結婚、そして自らの芸能界引退を表明した。

 

 

 

 

それから数か月後。

 

篠山紀信は山口百恵の最後の写真を撮った。

 

最後の撮影が終わった後、篠山紀信とスタッフは山口百恵を囲んで白ワインを開けてスタジオの隅で乾杯した。

 

 

 

 

別れる前に、山口百恵がカメラを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、山口百恵は篠山紀信に向けてシャッターを切った・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和55年8月1日

 

東京池袋の西武デパートで篠山紀信の写真展が開催された。

 

写真展のタイトルは「百恵も燃え」

 

篠山紀信が撮り続けた山口百恵7年間の全記録だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「7年間の出会いから今日の最後の撮影まで何万枚もの百恵を撮ったことになる。だが、これから先ただの1枚も百恵を撮ることはなくなる。でもそのことに対する感傷は微塵もなくて、むしろ爽快感があった。僕自身にも百恵にやれることは全てやり尽くしたのだという気持ちがあるからだと思う」

 

 

 

 

篠山紀信は万感の思いでこの日を迎えた。

 

 

 


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