大島渚を殴った野坂昭如に歯を磨かせた山口百恵
野坂昭如
この名前を聞くと最初に思い浮かべるのが、やはりこれだ。
そう
大島渚殴打事件
事件の発生を予期していた者は誰もいなかった。
その日は『愛のコリーダ』『戦場のメリー クリスマス』などで世界にその名を轟かす映画監督大島渚と女優小山明子との結婚40周年記念パーティー。
野坂昭如は来賓として式に参加しておりスピーチを読む予定だった。
ところが、いつまでたっても野坂昭如がステージに呼ばれない。
長時間待たされてようやく野坂昭如がステージに招かれた時には既に彼の怒りのボルテージが頂点に達していた。
最初はおとなしくスピーチを読みあげる野坂昭如。
が、スピーチが終った瞬間に、それは始まった
「野坂先生、ありがとうございました!!」
「・・・・ん?」
ボコッ!!
「?????????」
「???・・・・・」
「??・・・」
ブォクォッッツツ!!!!
殴ることはないだろう!!
大島渚は叫んだ。
全くその通りだと思う。
また、野坂昭如にはダウンタウン浜田雅功との壮絶な殴り合いがあったことでも知られている。
バシッ!!
ガシッ!!
だが、勘違いしないで欲しい。
野坂昭如はけっして野蛮なだけの人物ではないのだ。
実は、野坂昭如。
直木賞作家なのだ。
「火垂るの墓 」
『火垂るの墓』と言えば知っている人も多いはず。
この小説は戦時中に栄養失調で妹を亡くした野坂本人の実体験から生まれたものなのだ。
また、野坂昭如のキャラとは全くかけ離れているが、実は野坂は童謡「おもちゃのチャチャチャ」の作詞家でもある。
さらには、放送作家、シャンソン歌手、漫才師としての顔も持っている。
つまりは、野坂昭如は類まれなる才能を持つエンターティナーなのだ。
だから、その感性は凡人にはおよそ理解できない。
野坂昭如には譲れないこだわりがいくつかあるという。
そのなかで、二つのこだわりを紹介しよう。
その一つ
「俺は髪に櫛を入れない」
その理由は明快で「髪が抜けるのが怖いから」だ。
櫛が原因で禿げるとは考えにくいが、櫛を入れない人間は野坂昭如以外にも存在するだろう。
このこだわりはまぁ良しとしよう。
しかし、問題はもう一つのこだわりだ。
「俺は戦争が終わってから一切歯を磨いていない」
これは解せない。
野坂自身がその理由を明らかにしていないのでそこは推測するしかない。するしかないのだが、どうにも解決の糸口すら見えてこない。
あるいは戦時中の飢えていた経験が「歯に付いた食べ物の残りカスすらもったいなくて捨てられない」と思わせるのだろうか?
実感としてとらえようがない。
戦争を知らない世代であり、特別な才能も持ち合わせていない私には、やはり到底理解できるものではなさそうだ。
だが、ついに野坂昭如がそのこだわりを捨てさる日がやってきた。
それは日本の終戦から33年後の昭和53年4月4日のことだった。
野坂昭如にそのこだわりを捨てさせたのは、そう。
他でもない山口百恵だ。
実は野坂昭如。
無類の山口百恵好きとして知られている。
すでに日本を代表するエンターティナーとしての地位を確立していた野坂昭如が、まだ10代である山口百恵をして「戦後、初めてのスター。華やかさを持った15代羽左衛門以来だ」と絶賛するほどだったのだ。
「15代羽左衛門」が何者なのかはさっぱりわからないが、とにかくあの野坂昭如が言うのだからそれはとにかくすごい人だったのだろう。
そして、野坂はそれほどまでに山口百恵に憧れていたのだ。
その野坂昭如がNHKの看板番組「ビッグショー」で山口百恵と共演することになった。
山口百恵19歳。野坂昭如47歳の時だ。
野坂昭如は髪を櫛で整えてステージに上がった。
そして、傍若無人で知られる野坂昭如が、娘ほどに歳の離れた山口百恵に対して終始一貫して敬語で接していたのだ。
やがて野坂は、意を決したかのように山口百恵に向かってステージ上で告白した。
「僕は今日、歯を磨いて来ました」
「・・・・・」
狂犬・野坂昭如をも手懐ける山口百恵。
やはり、山口百恵は戦後最大のスターなのだ。
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