昭和の歌姫山口百恵の語り継がれる伝説

作詞家「横須賀恵」の処女作「銀色のジプシー」を百恵ちゃん祭りで披露

作詞家「横須賀恵」の処女作「銀色のジプシー」を百恵ちゃん祭りで披露



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夏の風物詩となった「百恵ちゃん祭り」の第4回が昭和53年8月25日から新宿コマ劇場で開催された。

 

 

 

 

 

 

これまでの「百恵ちゃん祭り」は8月28日から8月31日までの4日間の開催であったが、第4回「百恵ちゃん祭り」はなんと8月25日から8月31日までの7日間連続の開催。

 

全国から大量に押し寄せる山口百恵ファンをわずか4日間ではとてもさばききれないため、日程を拡大することになった。

 

ファンにとっては嬉しい限りではあるが、演じる山口百恵としてはかなり過酷なスケジュールだったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

だが、山口百恵はこの「百恵ちゃん祭り」に関しては他の仕事以上に熱を入れていたらしい。

 

 

第1回の「百恵ちゃん祭り」の頃などは、当たり前ではあるが、周りが準備した舞台の上で山口百恵は指示された通りに演じていただけだった。

 

 

しかし、回を増すごとに、選曲や衣装などにも山口百恵の意見が取り入れられるようになり、そして第4回の「百恵ちゃん祭り」では本格的に山口百恵が舞台作りに参加していたという。

 

 

 

「演じる側」から「作る側」へ

 

 

 

ドラマや映画では経験できない醍醐味が、そこに存在していたのであろう。

 

 

「スタッフの方々と思い描いた夢が少しずつ形になっていく。とても楽しいわ」

 

 

舞台の準備段階で百恵はよくそう語っていたという。

 

偽らざる心境だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7日間に渡る「百恵ちゃん祭り」が幕を開いた。

 

百恵は燃えた。

 

 

 

今回の「百恵ちゃん祭り」もミュージカルとヒットパレードの二部構成。

 

 

 

第一部のミュージカルは『愛の鐘は鳴らない』

 

山口百恵は世間知らずの修道女*。

 

 

 

 

 

 

 

百恵が演じる修道女と修道院にまぎれこんだ三人の脱獄囚との間に巻き起こる、愛や騒動をコミカルなタッチで描いた作品だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラマや映画では決して見ることのできない山口百恵を目の当たりにして、観客は笑い、そして感動した。

 

 

 

 

 

第二部は『ヒット・パレード・百恵と共に』

 

 

 

 

 

 

 

恒例となった山口百恵のヒットメドレーであるが、今回はファンが特に注目する曲が含まれていた。

 

 

銀色のジプシー

 

 

作曲はあのハマショー≠アと「浜田省吾

 

 

そして作詞は「横須賀恵

 

 

 

そう。
知る人は知っている。

 

 

「横須賀恵」(よこすかけい)とは山口百恵が作詞家として活動する時に使うペンネームだ。

 

そして『銀色のジプシー』は作詞家「横須賀恵」が偶然£a生するきっかけとなった曲なのだ。

 

 

 

 

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『銀色のジプシー』は、まず曲からできた。先にも述べたように、曲を作ったのは伝説のシンガーソングライター・浜田省吾だ。

 

 

 

 

 

そして、作詞もプロ≠フ作曲家に依頼していた。

 

 

 

山口百恵は先に曲を聞かされた。
そのとき、突然、百恵の頭の中に詩≠ェ浮かんできたという。

 

百恵はすぐにペンをとり、頭の中に舞い降りてきた詩≠書き留めた。

 

そして、その詩≠見たディレクターがこう言った。

 

 

「面白い。使おう」と。

 

 

さらに、ディレクターはこう続けた。

 

 

「『山口百恵』の名前ではつまらない。別の名前を考えよう」

 

 

 

そうして作られた名前が「横須賀恵」

 

山口百恵の出身地である「横須賀」と百恵の「恵」

 

こうやって、「横須賀恵」は偶然に生まれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台作りに、そして曲作りにと、創作活動にまで積極的に挑戦するようになった山口百恵。

 

操り人形≠フアイドルから脱皮し、仕事の面白さに目覚め始めた時期だったのかもしれない。

 

 


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