昭和の歌姫山口百恵の語り継がれる伝説

山口百恵詐欺事件の犯人は今・・・

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1978年9月23日

 

 

東京目黒で日本中を震撼させる大事件が起きた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

秋といえば交通安全運動の季節。

 

東京・目黒でも毎年秋になると交通安全運動が実施されている。

 

 

 

 

1978年

 

 

 

この年の目黒区は特に交通安全運動に力を入れていた。

 

そこで、目黒署はなんと日本を代表するトップスター山口百恵に交通安全運動のPRのための「一日警官」になってくれるようホリプロに依頼したというのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

分刻みのスケジュールで動いている山口百恵に「一日警官」を依頼するなど無謀としか思えない企画であったが、山口百恵が所属するホリプロの事務所が同じ目黒区内に存在していたという縁もあることから、

 

「もしかしたら・・・」

 

というダメ元的な感覚でオファーを出したものと思われる。

 

 

 

 

しかし、案の定

 

 

「残念ですが都合がつきません」

 

 

と、あっさり断られた。

 

 

 

 

 

ところが・・・・

 

 

 

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9月23日

 

交通安全運度PRの当日になって、目黒署に一本の電話がかかってきた。

 

電話をかけてきたのは、ホリ・プロダクションの「イトウ」と名乗る人物。

 

そして、「イトウ」なる人物は電話越しにこう言ったという。

 

 

 

 

「山口百恵が出られます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青天の霹靂とはまさにこのこと。

 

 

 

目黒署はあらゆるネットワークを使って急遽

 

「山口百恵が一日警官になって交通安全運動に登場します!!」

 

と、目黒市民に向かって訴えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

事態は一変した。

 

交通安全運動などまるで興味がなかった目黒市民が一斉に目を覚ましたのだ。

 

 

それどころか「山口百恵目黒に現る!!」という情報は瞬く間に日本全国に広まり、当日発表であるにもかかわらず日本中から百恵ファンが大挙して東京に押し寄せてきた。

 

 

東京は一瞬にして人で溢れかえり、その収容力では対応できない緊急事態に陥ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、だ。

 

 

 

山口百恵が来るという約束の14時になっても、山口百恵の姿は見えない。

 

東京中に殺気が湧き立つ。

 

危険が切迫していることを確認した目黒署は直ちにホリプロに電話を入れた。

 

 

 

しかし、

 

 

「イトウという人物は存在しない」

 

 

という衝撃の答えが返ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

事態は最悪の局面を迎えた。

 

突然「山口百恵が来る」と言われて急遽日本中から集まってきた巨大な群衆。

 

 

「実はウソでした」

 

 

などと安易に言っては、暴動が起こるのは目に見えている。

 

 

まさに一触即発。

 

 

当時の山口百恵の尋常ではない人気と、その時点で東京に集まった群衆のパワーを考えると、これは国家の存亡にかかわるレベルの緊急事態に陥っていたと言っても過言ではなかった。

 

 

 

だが、そこは警察だ。

 

群集心理を刺激しないよう、言葉巧みに市民に事情を説明し、そして死者や怪我人を出すこともなく集まった市民を解散させた。

 

国家の危機は免れたのだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、暴動が起きなかったとはいえ、国家をこれほどの危機に直面させた犯人を放っておくわけにはいかない。

 

犯人は、イタズラ感覚でニセ電話をかけたのかもしれないが、これは内乱罪あるいは外患誘致罪にも匹敵する凶悪犯罪なのだ。

 

 

警察は全国レベルで捜査を開始した。
しかし、未だに犯人は捕まっていない。

 

 

 

 

 

一体「イトウ」なる人物は誰なのか?

 

 

 

 

 

        こいつか?

 

 

 

 

 

 

 

 

        こいつか!

 

 

 

 

 

 

 

 

        こいつなのか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

山口百恵詐欺事件。

 

これほどまでの悪質な犯罪を犯してしまった以上、捕まったら死刑は免れないであろう。

 

 

 

犯人は今どこに・・・

 

 

 


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