昭和の歌姫山口百恵の語り継がれる伝説

昭和の歌姫「山口百恵」の誕生

昭和の歌姫「山口百恵」の誕生



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山口百恵の歌手デビューのきっかけは萩本欽一が司会の「スター誕生」という番組だった。

 

 

 

 

 

 

 

まだ、13歳だった山口百恵はテレビで同番組に同じ13歳の女の子が出ていることに刺激を受け、「自分も」と、応募の葉書を出した。
そして、出演が認められた昭和47年11月の有楽町NTVホールの予選に、自宅がある横須賀からひとりで向かった。

 

 

 

歌ったのは牧葉ユミの「回転木馬」。
そして、決勝大会への出場が決まる。
7百人を超える応募者の中から、テレビ審査が行われる決勝に勝ち進んだのだ。

 

 

 

 

 

予選の時は一人で臨んだ百恵だったが、決勝には母親と妹がついていった。
「落ちた時のなぐさめ役」として、だったという。

 

 

 

しかし、当の百恵は違った。

 

 

 

予選と同じ「回転木馬」を決勝で堂々と歌い終えた百恵。
その時にはすでに「自分は歌手になるんだ」と確信したという。

 

 

 

 

 

 

 

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百恵の確信は現実のものとなった。
百恵が歌い終えると同時に、審査席に並ぶスカウト達のプラカードがつぎつぎと上ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

昭和の歌姫山口百恵£a生の瞬間だった。


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