昭和の歌姫山口百恵の語り継がれる伝説

「3人娘」の初代メンバーに石川さゆり?

「3人娘」の初代メンバーに石川さゆり?



このエントリーをはてなブックマークに追加   



「花の中3トリオ」といえば、森昌子、桜田淳子、山口百恵の3人。

 

昭和に青春時代を送った人であれば、このトリオを知らない人はいないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

だが、意外なことにホリプロが当初予定していた「3人娘」のメンバーはこの3人ではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

森昌子、桜田淳子、山口百恵の3人のなかで、最もデビューが早かったのが森昌子。

 

「スター誕生」で初代グランドチャンピオンに輝き、ホリプロにスカウトされた森昌子は、デビュー曲「せんせい」が大ヒットし、一躍スターとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

森昌子のヒットで勢いに乗りたいホリプロはある企画を打ち出した。

 

 

 

 

 

 

ホリプロ3人娘

 

 

 

 

 

 

森昌子に続く女性歌手を2人作り上げ、3人のトリオとして売り出そうというものだ。

 

 

そして、その候補に挙がったのが「スター誕生」で決勝大会に出場した桜田淳子と、後に大物演歌歌手となる石川さゆりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、ホリプロの計画は頓挫した。

 

愛苦しいルックスを持ち人気アイドル歌手になることが間違いないと思われていた桜田淳子の争奪戦は激しく、サンミュージックに取られてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

石川さゆりは獲得できたものの、これでは「3人娘」にはならない。

 

そこで、ホリプロはその後「スター誕生」に出場した山口百恵を、いわば「外れ3位」で獲得した。

 

 

 

Sponsored Link

 

 

 

後にホリ・プロの創業者である堀威夫は著書「いつだって青春」でこう述べている。

 

 

 

「桜田淳子がもし獲得できていたら、山口百恵のスカウトは百パーセントなかっただろう」と。

 

 

 

つまり、桜田淳子がもしホリプロに入っていたら、歌手・山口百恵は生まれなかったのかもしれない。

 

いや、それ以前に、森昌子が「スター誕生」に出ていなければ、森昌子に刺激を受けて山口百恵が「スター誕生」に応募することもなかったのだ。

 

 

 

昭和の歌姫「山口百恵」は、桜田淳子、森昌子の存在なくしてはありえなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにもかくにも、ホリプロが企画した「ホリプロ3人娘」は森昌子を筆頭に、石川さゆり、山口百恵をメンバーにして実現した。

 

 

 

 

 

 

 

だが、この企画は当たらなかった。

 

 

 

3人それぞれの人気が出なかったからではない。

 

森昌子を初代グランドチャンピオンとしてスタートした「スター誕生」というスカウト番組が絶大な人気を博することとなり、その結果、スター誕生から歌手になった森昌子、桜田淳子、山口百恵の3人をくくりにした「スタ誕3人娘」なるトリオが自然と注目されるようになったからだ。

 

 

 

期せずして生まれた「スタ誕3人娘」。

 

桜田淳子は事務所が違うが、事務所の枠を超え結成された3人娘は
やがて「花の中3トリオ」として売り出されることになったのだ。

 

 

 

 

 

     『スター誕生!』

 

 


このエントリーをはてなブックマークに追加   



Sponsored Link


Sponsored Link


関連ページ

昭和の歌姫「山口百恵」の誕生
伝説の歌手「山口百恵」の誕生のきっかけは新人歌手発掘番組の「スター誕生」だった。中学1年生だった山口百恵は同番組に同じ13歳の森昌子が出ていることに刺激され、番組への出場を決意。そして、同番組で見事合格するのであった。
森昌子、桜田淳子との運命の出会い
スター誕生でホリ・プロダクションにスカウトされた山口百恵は芸能活動を開始するために横須賀から東京に引越し品川中学校に転校。そこで桜田淳子との運命の出会いが。その後まもなく森昌子を加えた花の中3トリオを結成することに。





13歳 14歳 15歳 16歳 17歳 18歳 19歳 20歳