大ファンだった西城秀樹と共演しサインをもらった新人時代の山口百恵

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昭和40年代後半

 

この頃の芸能界は新御三家≠ニ呼ばれる3人のスター、野口五郎・西城秀樹・郷ひろみが若い女の子を虜にしていた。

 

 

 

 

 

 

その中でも特に、ワイルドでハスキーボイスの西城秀樹が圧倒的な支持を得ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

芸能界デビュー前の山口百恵も例にもれず西城秀樹のファンだったという。

 

妹と一緒に寝ていた部屋には西城秀樹のポスターも貼ってあったらしい。

 

まさに、その時代の普通の中学生だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、たまたまテレビで見たアイドル発掘番組「スター誕生」で同い年の森昌子デビューに刺激された山口百恵は昭和47年12月に同番組に応募し、見事合格。
芸能界デビューが決まる。

 

そして、それからわずか数か月後には映画「としごろ」への出演が決まった。

 

和田アキ子主演映画『としごろ』で山口百恵が芸能界デビュー!

 

 

ところが、なんとその映画「としごろ」に西城秀樹がゲスト出演していたのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

映画の中でも西城秀樹はスター歌手で、山口百恵はその他大勢の女子中学生のひとりにすぎなかった。

 

山口百恵は仕事でありながら、胸を高鳴らせ、映画のワンシーンで歌を歌っている西城秀樹に見惚れていたに違いない。

 

そして、映画の撮影の間に山口百恵は西城秀樹からサインをもらい、家にずっと飾っていたという。

 

 

 

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しかし、その後の山口百恵は次々とヒット曲を飛ばし、スター街道を駆け上がっていく。

 

「としごろ」撮影中は遠くから西城秀樹を見ていた山口百恵も、やがては対等な立場で西城秀樹と仕事をするようになってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ブラウン管を通して憧れていたスタート同じ場所に立っている。

 

デビュー前の山口百恵には想像もできなかったにちがいない。


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