そっくりだった山口百恵と桜田淳子。篠山紀信のモデルとしてハワイに行く

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昭和48年2月

 

山口百恵と桜田淳子は新進気鋭の写真家・篠山紀信の撮影のためにハワイに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前年度にデビューし、ともにヒット曲に恵まれ人気歌手として認知されていた山口百恵と桜田淳子。

 

だが、桜田淳子の歌う歌は「ようこそここへ、クックックック」に象徴されるように典型的なアイドル路線。

 

一方の山口百恵と言えば「あなたが望むなら私何をされてもいいわ」といった過激な青い性路線。

 

二人の個性は真逆と言ってもよかった。

 

 

 

 

 

 

にもかかわらず、時として大人たちは山口百恵と桜田淳子の区別がつかなかった。

 

その当時の山口百恵と桜田淳子は、容姿がとてもよく似ていたのだ。

 

 

 

 

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二人は同じ歌番組にそろって出演する機会が多かったが、その現場でたびたびディレクターなどが桜田淳子に向かって「百恵ちゃん」と声を掛けたり、逆に山口百恵に対して「淳子ちゃん」と話しかけることがあった。

 

そして、そのたびに山口百恵と桜田淳子はわざと怒った顔を見せたという。

 

 

後に山口百恵は自叙伝「蒼い時」でその時の心情を語っている。

 

 

 

実際、ふたりとも本当の姉妹のような気持ちになっていた

 

 

 

山口百恵と桜田淳子は同じ「スター誕生」というアイドル発掘番組出身でデビューした年も実年齢も同じ。その上、二人ともデビュー前に上京して同じ「品川中学」に転校し、クラスまで一緒だった。

 

百恵と淳子はプライベートでも打ち解けて親しくなっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハワイでの撮影は水着だった。

 

その時の山口百恵と桜田淳子はまだ中学生だったので、もちろん撮影された写真は篠山紀信お得意の過激なものではなく、浜辺で戯れる等身大の山口百恵と桜田淳子をシンプルに撮ったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

ハワイでの撮影日の夜。
山口百恵と桜田淳子は同じ部屋に二人で泊まった。
就寝時間が来て、二人はカバンからそれぞれのパジャマを取り出した。
なんと、二人が出したパジャマは全く同じものだった。
百恵と淳子は声を上げて笑った。

 

 

百恵と淳子にとってハワイでの撮影は仕事でありながら休暇のような時間だっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな時間は長くは続かなかった。

 

やがてマスコミは山口百恵と桜田淳子をライバル≠ニ書き立てるようになっていった・・・

 

 

 


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